卓話「落語を食べる」
2014年11月12日
江戸堀やまぐち 代表
山口一儀様 (大阪西南RC)
(田中裕子会員紹介)
落語は江戸時代から今日にいたるまで、いつも庶民の目線で社会や人物を見てきました。登場する人々も商人や職人は勿論のこと、武士や僧侶を始め泥棒、花魁(おいらん)など多彩で、すべてが庶民の目線から見た人間模様であり、社会風俗でした。
学生時代、上方落語に親しんだ私は、日本料理を生業とするようになってから、落語の噺に出てくる食べ物に関心を持つようになりました。
上方落語は江戸落語と比べ、食べ物に大変にこだわりを持っています。大阪が昔から「食い倒れの町」と言われる所以でしょうか。
「なにわ」と言う古い地名も「魚庭」から来ていると言われ、大阪湾は古くは「チヌの海」と呼ばれていたそうです。それほどに新鮮な魚介類に恵まれ、天王寺の蕪、阿倍野の田辺の大根、難波のネブカ(ネギ)吹田のクワイなど野菜の新鮮な物も手に入る、地の利にありました。
こんな大阪の庶民が食にこだわるのは頷けます。そして、食に一過言ある大阪の庶民が育んできた上方落語が食べ物にこだわる理由がここにあります。
落語は目の前に居るお客様の日常生活を題材にしているわけですから、大変にリアリティなものなのです。ゆえに、食材の調理の仕方や、味付け、盛りつけなども本職からみても充分に納得のいくものです。最近では、魚の養殖技術の向上と野菜のハウス栽培のおかげで、季節はずれの食品が店頭に並びます。1月に筍が5月に松茸が八百屋さんに出ます。鍋の王様フグも年中食べることができるようになりましたが、それが本当に良いことでしょうか?
昔の、と言ってもつい30年前ごろまで、少なくとも庶民は季節の旬の食材を食べていました。落語の世界でもその季節に合った食べ物しか登場せず、たまに季節はづれのフグや鯖を食べて「地獄八景亡者の戯れ」の主人公のように地獄巡りをする者も居るのですが…。
旬のものが一番安く、一番美味しい事には今も変わらないのですが、最近の若い奥様方は何が旬なのかも判らなくなってしまったようです。お米を洗うのに洗剤を使ったり、サンマは開きで泳いでいて、蒲鉾は泳げないので板に付いている.......
落語の世界は庶民の夢の世界でもありますので、奇想天外な食品も登場します。豆腐の腐った「長崎名物チリトテチン」、お小水の入った「相撲場風景」の一升瓶、一個千両もするミカン、誰も食べたことのない京都人のお世辞言葉「京の茶漬け」、数え上げると切りがありません。
こんなに食にまつわる話題を提供する本職の噺家さんに「いつも何を食べているのか」と聞きましたら、「人を喰って生活をしています」との事でした。