卓話「マーケティングと社会」
2014年3月19日
卓話「マーケティングと社会」
関西学院大学 商学部 准教授
須永 努 氏
「マーケティングとは何ですか」と聞かれたら、皆さんならどう答えますか。「売れる仕組みづくり」などと言われることもありますが、今日は、そうした見方を含みつつ、少し違った角度から、マーケティングの役割のようなことについてもお話したいと思います。
マーケティングの基本は、顧客ニーズの理解です。売り手が何を売りたいかではなく、顧客が何を求めているかをビジネスの起点にすることが重要です。これは当たり前のことのように感じるかもしれませんが、顧客ニーズを正確に捉えるのは簡単ではありません。例えば、キオスクで夕刊紙を買う人のニーズは何でしょうか。政治や芸能などのニュースを読みたいのだろう、と思うかもしれません。しかし、それは表面的なニーズであって、その奥には、電車の待ち時間や移動時間を有効に使いたい、といったニーズが潜んでいます(このように、ニーズは複数の層からなる階層構造になっています)。「待ち時間を有効に使う」というニーズであれば、ニュースを読むだけでなく、リフレッシュするという全く別の解決策もあり得たということが分かるでしょう。実際に、キオスクでは夕刊紙と(価格も同程度である)缶コーヒーがライバル関係にあります。夕刊紙へのニーズ=情報取得、という浅い理解では、缶コーヒーに顧客を奪われている現実に気づくのが遅くなってしまいます。
現代のマーケティングでは、顧客の満足度を高めるだけでは不十分であり、社会を良くするような製品(サービスも含む)の販売をどのように促進していくかが重要視されるようになっています。先ほどの、時間を有効活用したいというニーズをさらに深掘りすると、「賢く生きたい」というニーズが見えてきます。そこで、どのような購買行動をとることが、本当に賢い人間であるかを伝えることによって、社会貢献型製品の販売を促進する道が拓けてくるかもしれません。
技術の発達した現在では、機能面で製品を差別化することは難しくなっています。コモディティ化と呼ばれるこの現象は、多くの企業を悩ませている深刻な問題です。しかし、コモディティ化が進む今こそ、社会貢献とビジネスの成果を結びつけるチャンスだと私は考えています。機能の違いで選ぶことが難しい今、消費者は購入の決め手を求めています。各社が価格ではなく、社会的価値の次元で競争するようになれば、社会的価値の実現が経済的価値を生む(それゆえ企業は経済的価値を求めて恒常的に社会的価値に投資するようになる)というビジネスの在り方が確立されるでしょう。
しかし、今まで自分のためにお金を使ったり節約したりしてきた私たちに、社会のためにお金を使うべきだと訴えても、そう簡単に行動を変えることはできません。そこで、いつも買っている製品に、社会貢献につながる要素をさりげなくプラスしてあげることが、社会的価値を軸とするビジネスへの移行期には有効かもしれません。人間は馴れ親しんだものに安心感を覚えるので、現状を維持したいというニーズを無意識的に有しています。その一方で、いつも同じでは飽きてしまうという性質も併せ持っています。だから、いつもの定番に少しだけ新しさが混ざったものを最も好むのです。もちろんインフラの問題が大きいですが、移行期には電気自動車よりもハイブリッド・カーの方が受け入れられやすいということです。
マーケティングとは、プレゼントである。私のお気に入りのフレーズです。大切な人へプレゼントを贈る時のように顧客を想うことが、良いマーケティングの実践には不可欠です。これから先へと続いていく世代にどのようなプレゼントを贈るか、マーケティングを通じてできることはまだまだありそうです。